大阪高等裁判所 昭和57年(う)377号 判決 1982年9月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役四月に処する。
原審における未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。
理由
<前略>
一控訴趣意第一点(公訴棄却の主張)について
論旨は、要するに、「本件起訴状の冒頭に『被告人金孝二は暴力団松本会系安藤組の若頭補佐であるが』と記載されているが、被告人が暴力団員であることは本件公訴事実である傷害罪の構成要件でもなく、またこれと密接不可分の関係にあるものでもない。かかる記載は本件訴因を明示するために必要なものとはいえないばかりか、かえつて裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある記載であり、起訴状一本主義を定めた刑事訴訟法二五六条六項に違反し、本件公訴の提起も違法・無効である。これを看過して本件被告事件につき実体判決をなした原判決は刑事訴訟法三七八条二号にいう『不法に公訴を受理した』ときに該当するから、原判決を破棄したうえ、本件公訴を棄却する旨の判決をされたい。」というのである。
なるほど、記録によると、所論のとおり、本件起訴状の公訴事実の冒頭には「被告人金孝二は暴力団松本会系安藤組の若頭補佐、被告人吉田松竹、同岡本楨英は同組の組員であるが」との記載のあることが明らかである。そこで所論にかんがみ、右記載の当否について検討するに、刑事訴訟法二五六条六項の規定が起訴状の中に裁判官をして事件の審理に先立ち当該被告人にとつて不利な予断を生ぜしめる事実の引用を禁止していることは所論のとおりである。しかしながら、反面、同条三項は「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所、方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」と規定する。そして、右の罪となるべき事実とは犯罪構成要件該当事実のみならず、共犯者があれば、その者との共謀の事実、態様をも含むと解すべきである。以上の観点に立つてみると、本件は被告人を含む共犯者三名が一通の起訴状で一括して公訴を提起せられた傷害被告事件であつて、被告人が単独で本件傷害事件を惹起したとされる案件ではない。このような案件の場合には、起訴状の中になされた所論のような記載は、被告人と共犯者の関係を明らかにすることによつて共謀の態様を明示し、公訴事実を特定するためのものであるとも解せられ、いまだ刑事訴訟法二五六条六項の規定に違反するものとはみられない。従つて、本件公訴の提起が違法、無効であるとはいえない。所論引用の昭和二七年三月五日最高裁大法廷判決は起訴状に被告人の前科についての記載がある場合のものであり、本件とは前提を異にするものである。そうしてみると、本件公訴を受理し、本件被告事件について実体判決をなした原判決の手続には所論のような違法はない。論旨は理由がない。
二控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について
論旨は、被告人に対して懲役六月の実刑を言渡した原判決の量刑は重きに過ぎ、被告人に対して再度懲役刑の執行を猶予されたい、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は手形金の支払について原判示被害者が誠意を示さないとして立腹のうえ敢行された傷害一件の事案であるが、安藤組の若頭補佐である被告人が同組々員二名とともに被害者に対してこもごも殴る、蹴る、腕をねじあげるなどの暴行を加えて加療約一〇日間を要する顔面等挫傷の傷害を負わせたものであつて、暴力団の勢威を背景とし、暴行の態様も執拗であるばかりか、被告人はこれまでに本件と同種の傷害や暴行の罪により五回にわたって罰金刑に処せられたほか、昭和五五年九月四日には賭博開張図利の罪により懲役一年、二年間執行猶予に処せられ、その執行猶予期間中にまたもや本件を累行し、遵法精神も稀薄であるなどの犯情に照らすと、被告人の刑事責任には軽視しがたいものがあるといわなければならないから、被告人が粗暴犯によつて罰金刑に処せられたのはいずれも昭和五一年二月以前であることや被告人の反省、被害者への治療代の支払、残債権の放棄、その他本件犯行の動機、態様、結果等について所論が指摘する諸点を十分に斟酌しても、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑は、原判決言渡の時点を基準とする限り、まことにやむをえないものであつて、これが重過ぎる量刑であるとは考えられない。
しかしながら、当審における事実取調の結果によると、原判決後、本件犯行の慰藉料として金二〇万円を支払うことで被告人と被害者との間に示談が成立し、被害者においても被告人に対する宥恕の意思を表明するに至っているなどの事実も認められ、このような諸般の事情に照らすときは、現時点においても原判決の量刑をそのまま維持するのは被告人にとつてやや酷に過ぎると考えられる。
よつて、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがいさらに判決することとし、原判決の認定した事実に原判決の挙示する各法条を適用して、主文のとおり判決する。
(栄枝清一郎 右川亮平 栗原宏武)